「もう少しバロックらしく」「ここはロマン派らしく歌って」。ピアノのレッスンで、言われたことも、言ったこともある言葉ではないでしょうか。
ピアノの世界では、バロック・古典派・ロマン派・近現代の4つの時代を「4期」と呼び、時代の弾き分けはコンクールの課題にもなっています。4期それぞれの特徴は、本にも、検索すればウェブにもたくさん書かれています。バロックは声部を意識して、古典派は形式とバランスを、ロマン派はルバートと音色を。ところが、それを読んで覚えても、目の前の曲が「らしく」弾けるようにはなかなかなりません。生徒さんに説明しても、演奏はあまり変わらない。
私はフランスに住み、ピアノを弾き、音楽を教えています。この「覚えたのに弾けない」の理由を考えるようになったのは、フランスの音楽学校で受けた、ある「聴く」授業がきっかけのひとつでした。
この記事では、次の3つをお話しします。
- 4期の特徴を覚えても、時代の弾き分けができない本当の理由
- フランスの「聴いて語る」授業 Commentaire d’écoute で、実際に何をするのか
- ピアノのレッスンで、明日から試せること
4期の特徴を覚えても、時代の弾き分けができないのはなぜか
まず、よく言われる4期の特徴を、表でざっと確認しておきます。
| 時代 | おおよその年代 | よく挙げられる特徴 |
|---|---|---|
| バロック | 1600年頃〜1750年頃 | 複数の旋律が重なるポリフォニー、舞曲、装飾音、チェンバロ |
| 古典派 | 1750年頃〜1820年頃 | 旋律と伴奏がはっきり分かれる、ソナタ形式などの形式、均整のとれたフレーズ |
| ロマン派 | 1820年頃〜1900年頃 | 感情や情景の表現、自由なテンポの揺れ(ルバート)、豊かな和声と音色 |
| 近現代 | 1900年頃〜 | 調性のあいまいさや無調、新しい響き、不規則なリズム、民族的な要素 |
年代の区切りは本によって少しずつ違いますし、境目の作曲家もたくさんいます。ここでは大まかな目安として見てください。
こうした表は、たしかに役に立ちます。でも、表を覚えたあとで、たとえばショパンの楽譜を開いてみると、「さて、どこがロマン派らしいところなのか」がわからない。「ルバート」とは知っていても、どこで、どのくらい揺らすのが「らしい」のかは表には書いてありません。
私は、その原因を、その時代の「音楽言語」が頭に入っていないことだと考えています。
言葉にたとえると、わかりやすいかもしれません。4期の特徴の一覧は、いわば文法書です。文法書を何度読んでも、その言葉を話せるようにはなりません。話せるようになるのは、その言葉をたくさん聞いて、自分の中にためていったときです。どんな言い回しが自然で、どんな抑揚がその言葉らしいか。それは規則として覚えるものではなく、聞いているうちに体に入ってくるものです。
音楽も同じです。ロマン派をロマン派らしく弾くためには、ロマン派の音楽がどんなふうに鳴り、どんなふうに進み、どんなふうに終わるのか、その「言葉づかい」が、ある程度頭の中に入っている必要があります。入っていれば、楽譜を見たときに「ここはこう鳴るはず」という音が内側から立ち上がってきます。入っていなければ、表の知識を楽譜に当てはめるしかなく、演奏はどこか説明的になってしまいます。
では、その音楽言語は、どうやって頭に入るのでしょうか。
答えはシンプルで、「聴く」ことです。ただし、BGMのように流して聴くのではありません。私がそのことを実感したのは、フランスの音楽学校で受けた、ひとつの授業でした。
フランスの音楽学校で受けた「聴いて語る」授業
Commentaire d’écoute という授業との出会い
その授業の名前は、Commentaire d’écoute(コマンテール・デクート)といいます。直訳すると「聴取のコメント」。音楽を聴いて、それが何であるかを言葉で語る授業です。
この科目のことは以前から別のところで知っていたのですが、居住地の公立コンセルヴァトワール(音楽学校)でも受けられるとわかり、申し込んでみたのです。
私の通った学校には、Hors cursus(オール・キュルシュス)という枠がありました。正規の課程に入らなくても、特定の授業だけを受けられる枠です。この枠を使って、2023年9月から2025年6月まで、Commentaire d’écoute の授業を聴講しました。
クラスの中心は、高校を卒業した生徒たちです。時間が合って受けたいという生徒なら、高校生でも受けられます。子ども向けの鑑賞の時間ではなく、音楽を専門的に学ぶ人たちのための授業です。
最初の授業は、ケージの「4分33秒」だった
最初の授業で聴いたのは、ジョン・ケージの「4分33秒」でした。
ご存じの方も多いと思いますが、演奏者が楽器の前に座ったまま、一音も弾かずに終わる作品です。鳴っているのは、客席のざわめきや、空調の音、外を通る車の音。その場に聞こえてくるすべての音が、作品の「中身」になります。
「聴く」授業の最初の曲が、音の鳴らない曲。正直なところ、衝撃的でした。
音が鳴らない曲について語るって、どうすればいいんだろう。そう思いました。当時の私のフランス語力では、とても語れませんでした。そして今でも、この曲について語るのは難しいと思っています。
授業では、YouTubeの音源を、画面を消した状態で聴きました。当然ですが、何も聴こえません。生徒たちはだんだんザワザワしてきます。そのときに先生が言ったのが、この言葉です。
「On écoute toujours.(オン・エクート・トゥジュール)」
ほら、まだ聴いているんだ。正確な言い回しは記憶があいまいですが、そういう意味のひと言でした。
何も聴こえないのだから、生徒たちにとっては、もう聴く時間ではなくなっていたのでしょう。でも先生にとっては、そのザワザワも含めて、まだ聴いている時間だったのです。
この授業は、ここから始まりました。聴くとは、楽譜に書ける音を拾うことだけではない。いま鳴っているもの全体に耳を向けることだ、と。私はこの最初の授業を、授業全体の出発点のように受け取っています。
聴いて時代を判別する──Commentaire d’écoute の手順
では、ふだんの Commentaire d’écoute では、どんなふうに聴くのでしょうか。
まず前提として、Commentaire d’écoute には、3分から5分程度の曲(曲の一部を抜き出したものも含みます)を、ある程度の時間をおいて3回聴く、というルールがあります。一度で全部を聴き取ろうとするのではなく、聴くたびに気づいたことを重ねていくのです。
授業では、気づいたことを口頭で答えていきます。ときには時間をもらって短い作文をし、全員が自分の文章を読み上げる、ということもありました。
では、何をどの順で聴いていくのか。私が聴講した授業では、おおよそ次の順番で進みました。
まず、耳で拾える事実を集める
最初にするのは、聴いてすぐにわかる事実を集めることです。
- 楽器(編成):ピアノだけか、弦楽器とピアノか、声が入っているか、オーケストラか
- 拍子:2拍子系か、3拍子系か
- 調性:長調か短調か。あるいは、どちらでもない旋法(せんぽう:長調・短調ができる前から使われていた音階の仕組み)の響きか
ここではまだ、曲名も作曲家も考えません。「何が聴こえたか」だけを言葉にします。
手がかりから時代を絞り込む
次に、集めた事実を組み合わせて、時代を推理します。
たとえば、旋法の響きがして、声部が対等に絡み合っていれば、かなり古い時代かもしれない。オーケストラの響きが大きく、和声が色とりどりに移ろうなら、19世紀以降かもしれない。一つひとつの手がかりは決め手にならなくても、重ねていくと候補が絞られていきます。
ここで、最初の章の4期の表が、まったく違う役割を持ちはじめます。「覚えるための一覧」だったものが、「聴いたものから時代を逆算するための道具」になるのです。
時代によって響きの「色」が違うことは、この授業で何度も感じました。そのことはこちらの記事に書いています。
→ 聴くことでわかる時代と異なる色彩感 聴取分析でまずは感じ取ろう
また、聴いて時代を推理することが、そのまま音楽史の学びになっていく、という話はこちらに。
→ 聴けるようになることで学べること 音楽史の本質
形式と和声の特徴を洗い出す
時代の見当がついたら、曲の形式や和声の特徴を洗い出していきます。どこで同じ旋律が戻ってくるか、どこで雰囲気が変わるか、どんな和音の進み方が目立つか。
形式を聴き取る話は、次の2本に書きました。1本目は曲集全体をひとつの作品として聴くこと、2本目は思いがけない場所に置かれたメヌエットの話です。
→ 音楽が描く形を聴き取る
→ 意外なところにあるメヌエット
ピアノ曲だけを聴くわけではない
授業で聴く曲は、本当にさまざまでした。弦楽器とピアノのソナタのこともあれば、歌曲のことも、オーケストラ曲や、バレエ音楽のこともありました。バッハの平均律のフーガということもありました。
ピアノを弾く人にとって、ここは大事なところだと思います。ロマン派のピアノ曲の「歌い方」は、同じ時代の歌曲を聴くと見えてくることがあります。古典派のピアノソナタの中には、オーケストラの響きを思わせる書き方が出てきます。ピアノ曲だけを聴いていては、その時代の音楽言語の一部にしか触れられないのです。
フランスで Formation Musicale(フォルマシオン・ミュジカル)が生まれた背景にも、「奏者は自分の楽器以外のことも知る必要がある」という考えがありました。その話はこちらの記事に書いています。
→ ソルフェージュが意味ないと感じる理由とフランス式「一体の音楽基礎」
頭にない音楽言語は、聴いても気づけない
この授業で、私自身が「聴き取れなかった」経験があります。
ある回に聴いたのは、ヤナーチェクのヴァイオリンソナタの第1楽章でした。3回聴いて、いくつものことに気づきました。旋律が繰り返されること、大きく3つの部分に分かれていそうなこと、最初のテーマが戻ってくること、途中の部分にもテーマが顔を出すこと。響きから、20世紀の初めごろの音楽だろう、という見当もつきました。
ところが、形式の名前を言えなかったのです。答えはソナタ形式でした。提示部・展開部・再現部という、あのソナタ形式です。気づいた要素を並べれば、ソナタ形式の特徴そのものでした。それなのに、私の頭の中に「ソナタ形式かもしれない」という可能性がなかった。だから、聴こえていたものを、ひとつの形としてまとめることができなかったのです。
このときの話は、こちらに詳しく書いています。
→ 聴き取れなかったお話
この経験から言えるのは、頭の中にないものは、聴いても気づけないということです。
外国語で考えるとよくわかります。知らない言葉は、耳に入っていても、単語として聞き取れません。知っている言葉だけが、意味のあるまとまりとして聞こえてきます。音楽も同じで、頭の中にある「言葉づかい」の数だけ、聴き取れるものが増えていきます。
そして、これは演奏にもそのまま返ってきます。聞き取れないものは、弾いても出てきません。ロマン派をロマン派らしく弾くには、ロマン派の音楽言語がある程度頭に入っていることが必要です。頭に入っていない言葉づかいを、指だけで再現することはできないからです。
前回の記事で、和声を「歌う」授業の話を書きました。そこで行き着いたのは、「声は頭の中で鳴った音しか出せない」ということでした。弾き分けも同じです。頭の中で鳴っていない「らしさ」は、ピアノからも出てきません。
→ 和声が身につかない理由とフランス式「歌う」勉強法
日本の聴音では、なぜこの力が育たないのか
ここで、日本で音楽を学んだ方なら、こう思うかもしれません。「聴く訓練なら、聴音でさんざんやったのに」と。
聴音(ちょうおん)は、弾かれた旋律や和音を聴き取って、楽譜に書き取る訓練です。私も受験のために、ずいぶん取り組みました。
ただ、聴音で聴き取るのは、音の高さとリズムです。しかも、多くの場合、課題のために作られた曲です。そこには作曲家もいなければ、時代もありません。バロックの聴音課題、ロマン派の聴音課題、というものは、ふつうはありません。ですから、どれだけ正確に書き取れるようになっても、時代の音楽言語は頭に入ってこないのです。
Commentaire d’écoute は、その反対です。聴くのは実際の作品で、答えるのは「何の音か」ではなく「これは何の音楽か」。楽器、拍子、調性、時代、形式、和声。書き取る代わりに、聴いた音楽の正体を言葉にしていきます。育つ力の種類が、そもそも違います。
誤解のないように書いておくと、私は日本で行われているような聴音を否定したいわけではありません。音を正確に聴き取り、楽譜と結びつける力を短期間で鍛える訓練として、とてもよくできています。私自身、受験で鍛えた聴音の力には今も助けられています。
どちらが正しいのではなく、目的が違うのです。音を書き取る力と、音楽を聴き分ける力。4期の弾き分けに直接つながるのは、後者です。そして後者は、書き取りの訓練を続けても、自然には育ってくれません。
受験の聴音で私が感じていた違和感については、ソルフェージュの記事に書きました。
→ ソルフェージュが意味ないと感じる理由とフランス式「一体の音楽基礎」
明日のレッスンで試せること──弾く前に聴いて、言葉にする
私のレッスンでやっていること
正直に書くと、私の生徒さんたちとは、まだ音楽を具体的に聴かせて時代を当てるところまでは進んでいません。
ただ、その手前のこととして、曲のイメージを生徒さんに言葉にしてもらうことはしています。この曲はどんな感じがするか、どんな場面が浮かぶか。うまく言えなくても構いません。言葉にしようとすることで、生徒さんは自分が何を聴いているのかに、初めて意識を向けるからです。
過去には、弾いている曲からお話を作ってくれた生徒さんもいました。
Commentaire d’écoute の最初の一歩も、実はこれと同じところにあります。「何が聴こえたか」を、自分の言葉で言ってみること。そこから、楽器や拍子や調性といった、もう少し具体的な言葉へ進んでいけばいいのだと思います。
一歩進めるなら
ここからは、Commentaire d’écoute の手順をピアノのレッスンに持ち込むとしたら、という提案です。
- いま弾いている曲と同じ時代の、ピアノ以外の曲を聴く。 ロマン派の曲なら同じ時代の歌曲を、古典派のソナタならその作曲家の室内楽や交響曲を。ピアノ曲の外側に、その時代の言葉づかいがたくさんあります。
- 聴いたら、3つだけ言葉にする。 楽器は何か、2拍子系か3拍子系か、長調か短調か。これだけでも、「ぼんやり聴く」から「聴いて考える」に変わります。
- 「らしく」と言う代わりに、「何が聴こえた?」と聞く。 「ロマン派らしく」という指示は、言う側の頭の中にあるものを、言われた側が持っていないと伝わりません。先に聴いてもらい、聴こえたものを言葉にしてもらう。そこから演奏の話を始めると、「らしさ」が生徒さん自身のものになっていきます。
先生ご自身が試してみるのも、もちろんおすすめです。知っている曲でも、「楽器・拍子・調性・時代・形式」の順に言葉にしてみると、弾いているときには見えなかったものが聴こえてくることがあります。
まとめ
- 4期の特徴の一覧は文法書のようなもの。覚えるだけでは、時代の弾き分けはできるようにならない
- 「らしく」弾くには、その時代の音楽言語が頭に入っている必要がある。それは聴いて身につけるもので、フランスの Commentaire d’écoute はまさにそのための授業だった
- 頭にない言葉づかいは、聴いても気づけないし、弾いても出てこない。だから、弾く前にまず聴き、聴こえたものを言葉にしてみる
「ほら、まだ聴いているんだ」。あの先生の言葉は、4分33秒のためだけのものではなかったのだと、今は思います。弾き分けに悩んだときこそ、いったんピアノから手を離して、聴く時間をとってみてください。
私はフランスで暮らしながら、フォルマシオン・ミュジカルの考え方をオンラインでお伝えしています。この記事のように、「聴くこと」と「弾くこと」をつなぐ話を、これからもこのブログで書いていきます。
