メヌエットは皆さまご存知ですよね?3拍子の優雅なリズムで、17〜18世紀のヨーロッパで広く親しまれていた舞踏です。もともとはフランスの宮廷で踊られていたものですが、純粋な器楽作品としても発展していき、バッハのメヌエットは踊られるための作品ではないと言われています。
バロック時代には、バッハやラモーが「組曲」と呼ばれる舞曲集の中にメヌエットを取り入れました。アルマンド、クーラント、サラバンドと続く舞曲の流れの中に、軽やかで明るい雰囲気をもたらす存在として、メヌエットはしばしば登場します。ここではまだ、舞曲としての性格が色濃く残っており、聴き手の身体感覚に自然と寄り添うようなリズムが魅力です。
古典派に入ると、ハイドンやモーツァルトらによって、メヌエットは交響曲やソナタの第3楽章として定着していきます。これらのメヌエットはもう、踊るためのものではなく、メヌエットの性格を持つ器楽作品となっています。形式的には「メヌエットとトリオ」、すなわち主部と中間部の対比を持つ三部構成で書かれることが多く、その均整のとれた姿は、古典派音楽のバランス感覚を象徴するような存在です。ベートーヴェンのソナタでは、メヌエットがスケルツォに取って代わられています。
さて、モーツァルトのピアノ協奏曲の中には、このメヌエットをさらに柔軟に取り入れた例があります。たとえば第22番 変ホ長調(K. 482)の第3楽章。ここはもともと軽快なロンドの形式で進むのですが、中ほどに差し掛かると、突然、雰囲気がやわらぎ、穏やかな3拍子の音楽が流れ出します。
これは独立した楽章ではなく、あくまでロンドの一部分にすぎないため、何気なく聴いていると、ふっと現れて、またふっと消えてしまいます。ほんのひととき、音楽が「別の時間」を生きているような、不思議な感覚。モーツァルトが音楽に織り込んだちいさな香り袋のような存在です。同じ例は、第9番にも見られます。
実は、私、第9番のメヌエット部分だけをブラインドで聴かされた時に、第3楽章ということに気づきませんでした。モーツァルトらしいなとは思ったのですが、ピアノ協奏曲全てを暗記するほど聴いてはいないため、メヌエットだし第2楽章かなと思ったのです。そして、この第3楽章を最初から聴いたら「知っている曲。間違いなく聴いたことがある曲」だったのです。つまり、メヌエット部分を意識して聴いていなかったということです。
音楽の中に流れる空気感、時代の手ざわり、作曲家の遊び心。どれも、耳を澄ませてこそ出会えるものです。そして、こうした構成の妙やスタイルの変化に気づける耳を養うことはとても大切です。ただ「流れてくる音を聞く」のではなく、「構造を意識し、音楽の文脈を感じながら聴く」ことが、より深く音楽を味わう第一歩なのです。
私ももう少し修行が必要なようです。