フランソワ・クープランのクラヴサン作品「L’épineuse(棘のある女)」は、軽やかで優雅。ただ聴いていて心地よく過ごせる曲ですが、構造的にはきわめて興味深い特徴を持っています。それは「ロンド形式の中に、もうひとつロンドが埋め込まれている」という点です。作曲者が埋め込まれているロンドの部分に「ロンド」と記載していますので、楽譜を見れば一発でわかりますが、「耳だけで」それを感じとれるようになるには、ちょっとしたコツと慣れが必要です。
まず、ロンド形式とは何かを簡単に振り返りましょう。基本的には「主題Aが何度も戻ってくる形式」で、A–B–A–C–A…というふうに展開します。クープランの時代には、この「戻ってくる主題」が単に繰り返されるのではなく、微妙な変化や装飾をともなうのが常でした。B、Cなどの部分は「副主題」と言います。
「L’épineuse」では、この基本形にもう一段階の複雑さが加わっています。外側のロンド形式の副主題が別のロンド(中ロンド)となっていて、その中でも主題が繰り返されます。まるで物語の中に別の物語が挟まれる「入れ子構造」のような音楽です。
では、どうすれば「聴くだけで」この入れ子構造を感じ取れるようになるのでしょうか。
ポイントは、主題の“雰囲気”を記憶することです。「L’épineuse」のA主題は、非常に印象的なリズムと音型を持っています。まずこの主題を繰り返し聴いて、耳に焼きつけましょう。そしてその後、副主題(BやC)に移った際、「あ、Aが戻ってきた」という瞬間を探します。リズムの形が大幅に変わらないので難しいとは思いますが、これを気づけるようになると、聴ける力がグッと高まります。
さらに注意深く聴くと今度は別の小さなロンド(a–b–aなど)になっている箇所もあります。そこでも同様に、小主題の“雰囲気”を頼りに構造を見抜く練習をしていきます。
つまり、「構造を聴き分ける」ためには、繰り返されるパターンを感覚的に記憶し、それが再登場するタイミングを感じ取る耳を育てることが大切なのです。
私はこの曲をブラインドで3回、それぞれ別の演奏で聴いた時、外側のロンド形式には気づけましたが、副主題中のロンドは3回目に聴いた時に「なんか繰り返しているな」と思ったものの、という程度でした。まさかそこにロンドが入り込んでいるとは思わず、でした。別の演奏だったので全て音律が違うバージョンで、調性を正確に掴むことはできず。
余談ですが、この演奏が私には f-moll に聴こえます。この曲は fis-moll なのですが、これ、手持ちの A=415Hz の音叉より少し低いのです。スマフォのチューナーで確認したら A=408Hz くらいでした。この微妙な差で聴こえ方が違うことに驚きを感じました。