フランスに渡る
そうだ、フランスに行ってみよう。その頃、フランスバロック音楽に惹かれていたこともあり、その本場でるフランスに行ってフランス語を学べば何か道が開けるかもしれないと思い渡仏しました。パリから一応日帰り圏内にある地方都市の語学学校を経て、その地の総合大学の音楽学のコースででMaitriseの課程(現在の修士課程1年目)を終了しました。
私はMaitise課程のみの在籍でしたが、大学の1年目からやった場合、コンセルヴァトワールでフォルマシオン・ミュジカルの授業が必修だというのを履修案内で見ていました。が、この頃もまだフォルマシオン・ミュジカルとソルフェージュの違いをよく認識していなくて「音楽学をやるからにはソルフェージュくらいできないとね」としか思っていませんでした。
コンセルヴァトワールのエヴェイユ・ミュジカル(音楽の目覚め)のクラス
その後、この地で暮らす覚悟を決めて結婚し、子供が生まれました。自分の子供に音楽をやらせることに迷いはなく、それでも自分が専門にしたピアノ以外の楽器をさせたい、そのためにはコンセルヴァトワールの音楽コースに入れるのが手っ取り早いという情報だけで、子供がコンセルヴァトワールに受け入れてもらえる年齢を待ちました。
長男が5歳(幼稚園年長)になった時に、町にある地域圏コンセルヴァトワール(地方コンセルヴァトワールの中では一番規模が大きいもの。大きな地方都市にある)のエヴェイユ・ミュジカルのクラスに行かせました。このクラスでは楽譜を読むなどお勉強的な要素はなく、ただひたすら歌ったりお遊戯したりでした。
年に数回ある授業参観で見たのは、楽しむばかりではない、遊びを通してその後の音楽の学びにつながる大切なことを学び、そして「音への注意力」を育てる授業内容でした。そして、翌年の小学校1年生向けの音楽導入のクラスでも似たような感じでした。
2歳年下の次男は4歳(年中組)からエヴェイユ・ミュジカルのクラスを2年やりました。年中組のエヴェイユのクラスは、年長組よりも年齢的に小さい子に合わせてるなとは思いましたが、同じ目的ということはわかりました。
コンセルヴァトワールの本コースへ フォルマシオン・ミュジカルの始まり
長男が7歳になり、こちらの学校で小学校2年に当たる学年になりました。いよいよコンセルヴァトワールの正規の音楽コースに登録です。初めの数ヶ月はフォルマシオン・ミュジカルの授業と合唱の授業だけ、その後、本人が選んだチェロのレッスンが始まりました。
授業を見学させてもらうチャンスはありませんでしたが、帰り道に同じ学校で同じフォルマシオンのクラスの子と歌を歌っていたり、楽譜の読み方、書き方を少しずつ教わっていて我々が子供時代に学んだソルフェージュとは違ったアプローチで、音楽の読み書きを学習しているなということは伝わってきました。そして身体的な活動もしているということも垣間見られました。実際、授業はカーペット敷きの教室で靴を脱いで靴下で受けていましたし、学校の教室のように机と椅子が並んでいるわけではありませんでした。
2年目のクラスでは、コンサートに参加するなどいい経験を積ませていただきました。歌った曲の中には五拍子のものがあるなど、音楽的に多彩な曲が多かったです。
次男も小学校2年から正規コースに在籍し、違う先生の下でアプローチが少し違うけれど本質が同じフォルマシオン・ミュジカルの授業を受けつつ、ヴァイオリンをやっています。
2020年のロックダウン
2020年3月、コロナウィルスの到来でロックダウンとなり、全ての学校が閉鎖されあらゆる活動が制限されました。
コンセルヴァトワールも全ての授業が遠隔になり、この町のコンセルヴァトワールは「楽器のレッスンは少なくとも週に1回は電話でコンタクトを取るなどで継続します。フォルマシオン・ミュジカルは担当教師が課題を定期的に送ります」ということになりました
つまり、家庭でフォルマシオン・ミュジカル学習の面倒を見なくてはならなくなったのです。
私にとっては、子供たちのフォルマシオン・ミュジカルの授業の内容をさらに深く知るいい機会となりました。譜読みの学び方、聴音の課題、その他理論や音楽史などを総合的に取り入れている教育方法を間近に触れることとなり、これは幅広い視野で音楽を見つめられる人を育てる教育だと確信し、自分のピアノレッスンにも取り入れたいと強く思いました。
当時教えていた日仏家庭のお子さん(日本語で習い事をさせたいという希望でした)は、お母様が「うちでは日本語とフランス語を分けていますので、フランス語で教えられるのはちょっと」と言われていました。そこで日本語で何かいい教材はないかと探したものの、教えるための指針になる教材はいくつかあるものの、初心者の頃から系統だてて利用できる教材は見当たらず。フォルマシオン・ミュジカルについての説明も半端なものがほとんどでした。
そこで私は思いました。この素晴らしい音楽教育法を日本の音楽教育に役立てて欲しいと。そのためには私が日本に伝えていく必要があるなと感じました。そして今、フランスの教材の内容を検討しつつ、日本の人たちに伝えています。
今、なぜフォルマシオン・ミュジカルなのか
子供の頃の小事件は、先生がフォルマシオン・ミュジカルの精神を知っていれば防げたと感じています。フォルマシオン・ミュジカルでは早い時期から音楽の理論的なこと、音楽の形式についてもやります。子供のうちから楽曲を見つめる方法が違うのです。ピアノに限らず、音楽を音楽として親しむ手段を教えています。
先ほどもお話した通り私は手が小さいです。大きさは10歳児並。オクターヴがやっと届く大きさです。それでもピアノという楽器に惹かれ、クラシック音楽に惹かれてここまでやってきました。ピアノの実力には限界がありますが、音楽学を並行していたことで、ピアニストとは違った視点で音楽を見つめることができます。さらには音楽学だけの人よりは、演奏家としての視点を持っています。
現在の私の使命は、日本で音楽を学ぶ様々な人たち、特に年若い生徒さんたちに自分の演奏する楽器に限らず音楽そのものを楽しむための幅広い経験をしてもらう、そしてより深掘りした音楽演奏、音楽鑑賞によって心豊かな人生を送っていただけるためのレッスンを行うことです。そういったレッスンに興味のある先生方に私の得た知識をお届けしたいと考えています。
日本のピアノの先生には音楽をよく知っていて欲しい、そしてご自身の持っている音楽を生徒さんに伝えてほしい。その手段となるのがフォルマシオン・ミュジカルと考えています。